兇暴なる殉愛 (白泉社花丸文庫)
今城 けい/illustrator 高嶋 上総様
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殉情なる蜜月(HONEY MOON)
料理本を横目に見ながら、玲也がどうにか『それ』をつくりあげたとき、時刻はすでに午後九時をまわっていた。
穂村の部屋で暮らしはじめて二カ月足らず。どうにか働き口を見つけて、ほっとひと息ついたところで、玲也は料理をおぼえようと思ったのだ。
――俺はかたぎの勤め人てわけじゃねえんだ。メシの支度はしなくていい。
玲也が買ってきた総菜を食卓に並べた折には、穂村がそんなことを言い、さらには起きて待っていなくていいとも告げた。
(だから、これは自己満足なんだけど)
できあがった料理の皿を眺めながら、玲也は顔をくもらせる。穂村が戻る時刻は日によりまちまちで、たまにはひと晩帰ってこない場合もあった。外泊する日は【今晩は戻らねえ】と短いメールを穂村は寄越し、それが彼からの心配は無用だというサインだと知りつつも、玲也は不安につつまれた夜を過ごしてきたのだった。
(今ごろは、どこでなにをしているか……)
危ない目に遭っていないか。怪我をしているのではないだろうか。
帰らないとわかっている夜だけではなく、穂村の顔を見るまではそんな想いがつねに玲也を苛んで、彼の無事を目にするまでは少しも平静な気分になれない。
静かな部屋で、ここに戻ってくるはずの男をひたすら待ちうける。今夜もそうして不安にわが身を嚙まれるような気持ちでいると、やがて玄関からちいさな音が聞こえてきた。
「おかえり、勲」
リビングで迎えながら、安堵の気持ちを表さないよう心がける。それでも、結局はこちらの想いが気配に滲んでいたのだろう、穂村は玲也をじろりと睨んだ。
「……心配してんじゃねえよ。馬鹿」
「あ、ごめ――」
不機嫌な声音を落とされ、あせって言いかけた玲也の顎を無造作に摑みあげ、穂村は唇の両端を引きあげた。
「わかってっから、あやまんな」
(え。……笑った?)
苦笑のレベルでも、穂村のそんな表情はめずらしく、自然と玲也の脈動が速くなる。
(なにを、こんな……)
どきどきしている自分にあわてて、スーツ姿の男から視線を逸らす。
いまさらとは思いながらも、穂村の思わぬ一面を目にすると、どうしても平気ではいられない。玲也はとりあえず頭に浮かんだ台詞を告げた。
「そ、その。晩ご飯をつくってみたけど」
もう食事は済ませたか? 玲也が聞いたら「まだだ」と応じて、穂村が鼻をくんと鳴らした。
「ほんとだな。メシの匂いだ。あんた、料理ができたのか?」
「いや、それほどは。子供のときは母の代わりに味噌汁や卵焼きをつくったけれど、それ以後はいっさい料理をすることがなかったから。じつは今晩のも本を見ながらこしらえたから、味は保証できないんだ」
そりゃあ、また……となんだか面白そうに言い、穂村は対面式のキッチンに据えつけられたカウンターの席に着く。
隣に来いと手招きされて、玲也も横並びのハイチェアに腰を下ろした。
「こいつは、なんつうか……なつかしいメニューだな」
穂村はいくぶん感慨深げに言ったあと、デミグラスソースのかかったハンバーグを口に運ぶ。
(おぼえてた……?)
昔、施設にいたときに、玲也は夜遊びする穂村のために、こっそりと晩のおかずのハンバーグを取っておいたことがあった。
ずいぶん古い、けれども玲也には大事な記憶を、穂村もまた共有していたと知り、多少は落ち着いていた胸の鼓動がまたもや騒がしくなってくる。
穂村の言動に毎回揺れ動く自分は馬鹿だと思うけれども、それを顔に出さないでいるだけで精いっぱいの玲也だった。
「どう、だった……?」
金には不自由していない穂村なら、きっと美食にも飽きているに違いない。初心者の手料理などは粗末なものと感じても不思議はなく、おずおずと玲也が問えば、穂村は空の皿を前に短い感想を口にした。
「……食いもんの味がした」
それはまあ、そうだろうがと目で言うと、穂村はつづけて声を落した。
「普段はメシを食ってるなと思うだけで、いちいち味なんか感じちゃあいねえけどな」
聞いたとたんに、玲也の喉がふさがった。次いで、胸の奥のほうからじんわり熱が浮きあがる。
(自覚なんかないだろうけど……)
料理の味などことさら感じない男の舌に、玲也のつくったこれは違うと彼は言うのだ。
(……勲)
おぼえず手をとめて、穂村をじっと見つめると、その双眸に強い光が生まれ出た。
「こっち向け」
言われるままにカトラリーを皿に置き、穂村のほうに向き直る。
「ほかの男にこの身体をいじらせちゃいねえだろうな」
咎める視線に、玲也は「いない」と言いきった。
「そんなこと、あるはずない。今日も仕事をしてきただけだ」
「堀田とかいう男のとこでか?」
そうだと玲也がうなずくと、穂村はそれが気に入らないと言わんばかりに唇を捻じ曲げた。
「べっつに、あんたは働かなくてもいいのにな」
「そうはいかない」
そのことだけはと、きっぱりと玲也が返せば、穂村は不興を露にして肩をすくめる。
「相変わらず、頑固だな。しばらくはのんびりしてろと勧めたって、聞きゃしねえ」
「うん。ごめん。だけど、少しでも働いていたいんだ」
以前、玲也が議員二世の塾に通っていた際に、堀田という大学教授に教えを請う機会があった。その後、塾には行かなくなった玲也を案じて、堀田が携帯に連絡をくれたのだ。
彼はある程度の事情を摑んでいたらしく、玲也が実家との縁を切ってしまったことも、仕事探しに苦労している最中なのもすでに知っていたようだった。
――私のところの学生課で、求人をかけようという話があってね。短時間の事務仕事だが、そこで働く気持ちはないか?
父親が手をまわしていたからか、いっこうに勤め先が見つからない玲也にとって、この申し出はありがたかった。しかし、同時に堀田の身の上が心配で、せっかくの厚意ですがと尻込みしたら、彼は『いくら力のある政治屋だって、大学の内部のことまで指図されるいわれはないよ』と玲也の危惧を笑い飛ばしてくれたのだった。
「……まあ、いいけどな」
ちっともいいと思ってはいないふうに、穂村が機嫌を斜めにしたまま言ってくる。
「それで、今日はなにしてた?」
「三時までは学生課、それからは堀田先生の助手をして……そのあとはどこにも寄らずにここまで帰った」
本当だと玲也が告げたら「じゃあ、脱げよ」と意地悪な顔をして穂村がうながす。
「誰もさわっていないなら、そろそろいじって欲しくなるころだろう?」
穂村の言葉に玲也はあせって首を振る。
(そんな、わけない……だって、ゆうべも)
穂村にさんざん泣かされて、今朝起きるのに苦労していた玲也なのだ。
「いいから、服脱げ。それとも脱がせてほしいのか?」
困った気持ちが顔面に出ていたのか、少しばかり苛つく口調で穂村が命じる。
こういうときに玲也がぐずぐず引きのばしても意味はない。それはこれまでの経験上、嫌というほど知らされていて、やむなく玲也はシャツのボタンに手をかけた。
「……し、下も……?」
「あったりまえだ」
玲也の困惑と羞恥をも楽しむように、穂村は腕組みをしたままで傲然と声を発する。
「どうしても服を着たままやりてえんなら、そこだけ布を切ってやってもいいんだぜ」
男の洩らす本気の口調が玲也にはなによりの脅しとなった。ためらう気持ちを剥がされて、玲也は着ていたスラックスと下着を取り去る。
「これで……いいか?」
裸の身体を無遠慮に眺められ、玲也は思わずうつむいた。全裸など見られ慣れてはいるのだけれど、それでもこの状況は恥ずかしくていたたまれない。
(自分だけ、裸なのは……)
耐えられないと、玲也は穂村に懇願の目を向けた。
「なんだ、その顔は。言いたいことがあるんなら言ってみろよ」
玲也の気持ちはわかっているはずなのに、穂村は言葉でつたえろとうながしてくる。
きゅっと唇を嚙み締めてから、玲也は自分の願望を口にした。
「……キス、して……ほしい」
穂村も服を脱いでほしい。そう言おうとして、しかし玲也は違う望みを言葉に変えた。 男の欲望に満ちたまなざしに晒されてしまったら、そんな台詞が喉から勝手にこぼれ出たのだ。
「……あっ」
二の腕を摑まれて、穂村のほうに引き寄せられる。乱暴な仕草だけれど、それを気にする暇もなく、玲也の唇がふさがれた。
「ん……ん、ぅ……っ」
男の舌を含まされ、それで口内を縦横にねぶられる。慣れきっていやらしい舌遣いと、素肌に触れる上質の布地の感触があいまって、玲也の情感がいやおうなく高まっていく。
「ふ、あ……っ!」
舌を吸い出され、思うさましゃぶられながら、胸の尖りを男の指が淫靡に嬲る。その感覚と、息苦しさをこらえかね、玲也は頭を幾度も振って執拗なキスから逃れた。
「逃げんな。もっと、舌を食わせろ」
唸るような穂村の声が耳に入り、直後にまたも深いキスが玲也を襲う。玲也の弱みを知っている穂村の指は、胸からすべり落ちていき、背後にまわって尻の肉をぎゅっと摑んだ。
「あ。や、やっ……」
その部分の弾力をたしかめるようにして、しばらくそこを捏ねたのち、穂村は双丘のあわいへと指先を差し入れてくる。窄まりの縁を指で擦られて、玲也は背筋をしならせた。
「いい反応」
耳元で穂村はささやき、ぐっと指を挿しこんでくる。濡らしていないその箇所に無理だとは思うのに、なぜか痛みは感じなかった。
「すっかり俺用の身体になったな。指ぐらいなら簡単に咥えこむ」
満足そうに穂村に言われて、はっとする。
(は、入ってる……?)
楽々と穂村の指を体内に招き入れ、しかも玲也のその箇所はうれしそうに微妙な蠕動をしはじめている。
「やっ、そん、そんな……っ」
おのれの淫猥な反応が恐ろしく、やめてくれと言いながら、なのに玲也の股間のしるしははしたなく持ちあがる。
「だ、駄目だ……っ……そこ、駄目、だから……っ」
「なにが駄目だよ。前んとこ、濡れ濡れになってるぞ」
愉快そうに指摘され、玲也の頬に朱の色が広がった。快楽に弱い身体が恥ずかしく、それでもこの男にさわられると過剰な反応がとめられない。
(駄目なのは……わたしのほうだ……)
穂村が好きでしかたがなくて。想いを通じ合わせてからは、男のささいな愛撫ですらもとめどなく感じてしまう。
「なにが好きかはっきり言えよ」
快感に震える身体が引き返せないと見て取って、穂村がねだれと誘いをかける。
「前をしゃぶってほしいのか? それとも、後ろをいじってやろうか?」
ワイルドカードの匂いに抱きつつまれて、玲也はわけもわからずに脳裏に浮かんだ言葉を洩らす。
「勲が……好き……」
とたん、穂村の顔つきが一変し、玲也を睨みつけてくる。
「あんたはいつも、そうやって――」
言いさして、穂村は玲也の身体を横に抱きあげた。
「今晩寝かせてもらえないのは、俺じゃなくてあんたのせいだぞ」
寝室に向かう穂村にしがみつき、玲也は心のなかでうなずく。
(うん、勲……すごく、好き……)
そうして、愉悦の海に溺れて、玲也は何度もその言葉を口にする。
「あ……勲……いさ、お……っ……」
彼が好きだと、愛しいと、この夜が果てるまで、幾度も幾度も繰り返す。
穂村は言葉ではおなじものを返すことはなかったけれど、深い口づけと、激しい愛撫と、玲也を泣かせ悶えされる楔の熱さで、どれほど相手をもとめているか思い知らせてくれたのだった。
花丸文庫「兇暴なる殉愛」のその後のふたり。新婚さん状態になっております。