日本の若き経済学者、27才の小柴馨は、彼が発した最初の言葉をいまだに忘れることが出来ない。
「なんだ、このみっともないのは。まるで妖精(シー)の取替え子だな」
若干23才にして、名門クランの首長を務めるオシアン・マグレガーは不愉快な男だった。
髪の色と気性は炎。瞳はアザミの葉の色で、その口調もトゲだらけ。おまけに頑固で横柄で、馨に会えば意地悪ばかり。
確かに猫背で、度の合わない眼鏡をかけて、顔色悪く痩せこけている馨には、容姿のことでからかわれても反論できる余地はない。
だが、たとえ見た目がそうだとしても、彼から眼鏡を取り上げられたり、矯正ベルトを付けられたり、特別メニューの食事を強制されたりするのは、筋違いではないだろうか。
そもそも馨は容姿で彼を楽しませるため、はるばる海を渡って、このヨーロッパの西の果てまでやって来たわけではないのだ。
年に一度、クランの首長は各国の経済学者を彼の居城に招聘する。一ヶ月間、この城に滞在するのは、現在馨が助教授をしている大学側での、人員選考の結果なのだ。
しかしそれもあと一日で終わりになった。明日になれば、あの男とは完全にお別れだ。
「……本当に、衣服を全部脱ぐのですか?」
「キルトの下には何もつけない。ハイランド人の正式な決まりはそうですよ」
城の執事にそう言われ、馨は嫌々全裸になった。この地方独特の衣装であるベルテッド・プラッドは、キルトの長さが五メートル近くある。スカートのように腰に巻いてベルトを締め、肩にかけてブローチで留めたあと、残りを背中に流すのだ。
「よくお似合いですよ」
執事は感嘆の口調を洩らし、賛美のまなざしを注いでくれたが、馨は上の空だった。
(このタータンは、彼のクラン独自のものだ。それに、このブローチも。アザミの紋章は、彼の一族以外の者には許されていないはず)
戸惑いながらも、執事から聞いたとおりに、首長の部屋を訪れる。武具と肖像画に飾られた大きな部屋に入っていくと、彼が驚いた顔をした。
(あまりにわたしが不似合いなので、びっくりさせてしまったんだ)
眼鏡をコンタクトに替え、背筋が伸び、少しは肉がついたものの、クランの正装は、棒に布きれを巻きつけたように見えるのだろう。
「……あの。他の人達は?」
部屋には彼一人だった。最後の夜、この城に滞在していた学者達が、伝統的な衣装をつけて、パーティをするのではなかったのか。
「大広間」
慌ててきびすを返したが、突然彼が腕をつかんで引き止めた。
「待て。パーティに出る前に、おれのことを好きだと言うんだ!」
怒鳴り声で命令されて、
「放して下さい」
と馨は彼を睨み上げた。
「おれが好きだから、日本には帰らない。明日もその次も、ずっとこの城にいますと誓え」
「そんな……っ。どうしてわたしが」
「この性悪が、おれに魔法をかけたからだ! こんなにおれをおかしくさせて!」
火を吐く調子で言い返される。
「好きで、欲しくて、狂いそうだ!」
次の瞬間。馨は彼に抱き締められて、唇を奪われていた。激しく吸われ、貪られ、ぼうっと頭に霞がかかる。キルトの隙間から忍び込んだ彼の手がそっと胸を撫で上げた。
「う……っ……ふ……」
嫌とは言えない。彼の瞳が、触れてくる指の動きが、あまりに優しかったから。
ブローチがはずされて、露になった胸の尖りを濡れた舌が這い回り、それからきつく吸い上げられる。
もう一方もこねくるように指でいじられ、身体の奥にむず痒い感覚が広がっていく。息を弾ませ、それに耐えると、
「どうして抵抗しないんだ……?」
これまで聞いたこともない不安そうな声だった。
豪胆で、誇り高いクランの首長がこんな声を出すなんて。
「嫌いじゃないか? 少しは好きか?」
本当は、とっくに彼が好きだった。トゲだらけの表皮の下に、優しい心を隠した彼が。
だから馨はぎこちない笑顔を作り、精一杯に答えてみせる。
「……わたしはアザミが……花の中ではいちばん好きです」
とたん、呼吸が止まるほど激しく抱き締められていた。炎のキスが馨を襲う。
ベルトをはずされ、キルトの上に全裸で馨は横たわる。
「綺麗だ……」
と賛嘆のまなざしで見つめられても、本当だとは思えない。
「一目見て、お前に惹かれた。腹が立つほどお前のことが気にかかる。馨――不器用で誠実なお前が好きだ」
彼がそっと馨の股間に手を伸ばす。
巧妙な彼の愛撫にいつしか悦楽の喘ぎが洩れて――硬く育ったその先からは蜜液がこぼれ出て、さらにその奥を彼の指がほぐし広げる。
とめどなくこみあげる快感に、熱い喘ぎがあふれ出て、彼の名前を呼ぶしか出来ない。
「この性悪め。そんな顔と声をして――どこまでおれを惑わせる気だ」
直後。巨大なものに挿しつらぬかれ、甘美な苦痛が駆けめぐる。
悲鳴を上げても許されず、容赦なく揺さぶられ、灼熱の快感に満たされる。
「う……あ、ああ……っ。オ、オシアン……っ」
「馨。愛している――お前を永遠に放さない」
息が止まる強さで抱かれ、激しく彼にキスされる。
何一つ残らぬくらい全てを彼から奪われて――泣き出したいほど幸せだった。