信じられない。この古本に書かれたことが、まさか本当になるなんて。
「人の子よ。われに何を望むのだ」
呼び出しの儀式に応じて現れたのは、映画にでも出てくるようなアラビアの王子様。けれどもおれは身体の震えが止まらなかった。
だって――おれが呼び出したのは鬼神(イフリート)だったから。
「お…れは……友だちが欲しいんだ」
極度のあがり症で対人恐怖の気もあるおれは、高校一年になった今でも一人の友だちもいなかった。
空回りばかりする無意味な努力を続けたおれは、怪しげな古本にすがるほど切羽詰った気持ちでいたんだ。
「よかろう。汝の願いを叶えてやろう。ただし、それには代償が必要だ」
あっと思う暇もなく、おれは鬼神につかまれて、胸に抱き寄せられていた。
「う……わああっ」
喰われる! とおれは思った。
鬼神がおれのTシャツを引き破り、うなじに歯を当てたんだ。
だけど思った痛みはなくて、そこから奇妙な感覚が湧き上がった。
「あ……!? うっ……な、に……っ」
首筋を甘噛みされて、胸の尖りを指先で摘まれる。
肌の内側をざわめく感触が走り抜け、おれは背筋を震わせた。
「瞳は巴旦杏。腰は糸杉の若木のようだ」
鬼神はそう言うと、おれをベッドに押し倒した。
いつもだったら目に映るのは、おれの部屋の白い天井。
だけど、このときおれの視界をふさいでいたのは、黒髪に暗青色の瞳を持った凄まじいほど美しい青年だった。
その美しすぎる姿をのぞけば、彼は普通の人間と変わりない。
でも、どれほど端整な容貌をしていても、彼はやっぱり人間じゃない。
鬼神は、薄紙でも破るようにおれのジーンズを引き裂いた。
「ああっ……や、やめろ……っ」
おれの胸に顔を伏せ、鬼神はそのささやかな突起の部分に舌を這わせた。
とたん、ぞくりとする感覚がこみあげる。
「汝のここはか細いが澄んだ光を放っている。人の子よ、汝の魂は、繊くも美しい三日月を思わせる」
心臓の真上の位置に手を当てて、イフリートがそう告げる。
おれは何を答えるような余裕もなくて、ただ暗みの勝った青い瞳を見つめていた。
「われは汝と誓いを交わそう。百夜の間、われは汝を我が物とする。百の夜が過ぎゆくまでに、ある言葉を口にさせれば汝の勝ちだ。巨万の財宝を汝の前に差し出そう。だが、その言葉を引き出せなければ、汝を醜い小鬼に変えて、われの僕としてやろう」
これは夢だとおれは思った。
なのに、下腹に這わされた指先が、まぎれもない事実だといやおうなく思い知らせる。
「う……くふぅ……ふ、うん……っ」
鬼神の長い指先がおれのそこに添えられて、しきりとみだらな動きをしている。
くちゅくちゅと湿った音が響いているのは、おれ自身が反り返り、先から滴をあふれさせているからだ。
それからさらに奥の部分を指で探られ、おれは思わず訴えた。
「やっ…もうやめて…離してください……」
鬼神は美しく――戦慄するほど恐ろしかった。
絶え間なく注がれる快感も、その恐怖を完全に消し去ることはできなかった。
「――われが厭わしいか?」
その口調、その視線の烈しさが、おれの全身をすくませる。
鬼神は乱暴におれのあごをつかみ上げ、唇を押し当てた。
息をさせまいとするように、唇を深く重ねて舌を咽喉奥まで突き入れる。
おれは苦しさに身をよじらせた。
何かの罰かと思うような口づけだった。
それからおれは痛いくらいに大きく両足を開かされ、いきなり固くて熱いものを押しつけられた。
両腿の付け根の部分にひきつる痛み。
そして――凶暴な固まりが、ずぶりとおれを刺し貫いた。
「――――…………ッ!!」
おれは悲鳴も上げられずのたうった。
灼熱の鉄杭をねじ込まれ、身体が真っ二つに裂けていく。
鬼神は残酷におれの身体を扱った。
苦痛に身悶えるおれにはかまわず、幾度も凶器を突き立てる。
涙を流せばそれをすべて舐め取られ、かすれた声で許しを請えば唇を押し当てられて息さえも奪われる。
いつ果てるとも知れない拷問。
窓の外が白み始めて、ようやくおれは解放された。
薄らいでいく意識の隅で、誰かのささやく声がする。
「誓約の言葉はこうだ――七つあるわれ自身の命より、汝のほうが大切だ――そう言わせれば汝の勝ちだ」
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
おれが次に目覚めると、部屋には誰もいなかった。
あれほどの痛みもすべて身体の中から消えている。
そうして、その日。おれのクラスは一人の転校生を迎えることになったんだ。
イギリスからの帰国子女だと紹介された男子生徒は、たちまち女子の関心の的になった。最初の休み時間から他のクラスの女子達にまで囲まれて、質問攻めにあっている。
おれはいつものように自分の席に座ったままで、顔さえも上げなかった。
昨夜のあれは悪夢だったと自分に言い聞かせるのに必死だったし、そういう事情を抜きにしたって、おれにはまったく関係のないことだった。
背が高く、ハンサムで、苦もなく相手から関心を引き出せる。そんな人間、おれにとっては最も遠い存在だ。
なのに――お昼の休憩時間になると、そいつはおれの席に来て、
「きみと友達になりたいんだ。名前を教えてくれないか」
悪夢は終わっていなかった。
おれにはわかった。
そいつの双眸は、鬼神のものだったんだ。