三月十日(曇のち雨)
私は猫のつねとして水で身体を濡らすのは好きではない。
どうしても止むを得なければ仕方がないが、好んで雨に打たれたいとは思わないし、ましてや水泳など絶対に御免蒙る。
なのに私の同居人、ヨウイチとヤナギときたら……。
「柳。此処で待ってろよ。今すぐタオルを持って来る」
めずらしく帰りが遅いと思ったら、案の定ヤナギはヨウイチと一緒だった。
今夜は二人で外食をしたらしく、アルコールといがらっぽい煙の臭いが嗅ぎ取れる。
ヨウイチはこの部屋では絶対に『ケムリ』を吸わない。しかし時々は外で吸っているらしく、殊に今夜のようにアルコールが入ったときは大抵その臭いを身体につけて帰ってくる。
「こんなに急に降って来るとは思わなかったな」
ヨウイチは玄関先でヤナギの髪を拭いている。出先で突然雨が降ってきたらしく、二人ともびしょ濡れだ。
ヤナギはおとなしく拭かれるままになっていたが、ふと腕を伸ばして自分の頭からタオルを取った。
「傭一も髪が濡れてる」
ヨウイチはヤナギよりも背が高い。ヤナギが頭を拭こうとすると、いきおい抱きつく格好になる。ヨウイチは困ったような表情をしていたが、不意に上体を傾けてヤナギの耳に囁いた。
「お互いに拭き合うよりもいい方法があるんだが」
「なんだ」
「濡れついでだから、一緒にシャワーを浴びるというのはどうだろう」
ヤナギは手を止め、その提案に応じて言った。
「うん。俺は傭一とシャワーを浴びる」
このうえまだ、彼らは身体を濡らす気らしい。
こんな同居人達と付き合ってはいられない。
私は前足を突っ張らせ一つ大きく欠伸をすると元の寝場所に戻っていった。